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人 権

 
 
伊藤 真波
日本初義手の看護師
諦めない心

 

伊藤 真波 いとうまなみ

 

 (看護師/元パラリンピック水泳日本代表)

講演テーマ

 

諦めない心 片腕がくれたもの
白衣のスイマーパラリンピックに出場して

 

プロフィール

◆経 歴
1984年 静岡県出身 五体満足で生まれる。
中学生の頃 「看護師」への進路を考える。
高校生の頃 「看護師」の道を選び「衛生看護科」入学
2004年 20歳。専門学校実習日に交通事故にあう。右腕を切断。
2005年 看護師の義手を作るため、単身神戸へ。
同年。復学する。
2007年 専門学校卒業 看護師の国家試験に合格する。
神戸百年記念病院(兵庫区)看護師として勤務。
リハビリの一環として始めた水泳だが、障害者水泳を本格的に始める。
2008年 北京パラリンピック出場 100m平泳ぎ4位 100mバタフライ8位 
2010年 アジアパラリンピック出場 100m平泳ぎ2位     
2012年 ロンドンパラリンピック出場 100m平泳ぎ8位

◆特 徴
 日本で初めての義手の看護婦。静岡で看護学生として夢に向かっていた20歳のとき、好きで乗っていた中型バイクで交通事故。その後、「看護師になるための義手」を作りに、単身、静岡から神戸の病院へ。前例がないと、どの病院でも断られたが、兵庫県立総合リハビリテーションセンターの先生のおかげで、看護師として必要な動作ができる『看護師専用の義手』を一緒に作っていくことができた。見た目は良くないけど私にとっては一番の相棒。今では、肩甲骨を動かして、フックを開閉させ注射や点滴、何でもこなす。リハビリの最中、車椅子バスケットの選手が転んでも起き上がって前に進むという姿を見て、前を向いた。そんなときに出会ったのが水泳。水泳人生がスタートした。
パラリンピック代表を目指すため勤務時間の短縮を願い出ると、職場は午後からプールに送り出してくれた。義手の看護師を雇うだけでも大変なのに、お金で変えられない時間を与えてくれた。多くの人に支えられ、水泳に打ち込める環境に恵まれた私は本当に幸せだと思う。看護師になって6年目。痛くてしょうがなくて、未来が真っ暗だったあの頃。たくさんの人に支えられ逃げ出さなくて良かった。パラリンピックを通じて知った『負けを知ること』『泣くこと』も大切なんだということを、伝えていきたい。
 
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