福祉講演会 講師一覧
山下 純一
ミュージシャン
見えない僕が観た世界
ミュージシャン
見えない僕が観た世界
山下 純一 やましたじゅんいち
(盲目で車椅子のミュージシャン)
福祉講演会テーマ
見えない僕が観た世界
プロフィール
◆経 歴
1975年京都生まれ。
2歳の頃、やたらと手足を痛がる事から病気が発覚。色んな病名をつけ
られるが未だに原因不明。徐々に歩けなくなり、小学生の頃から車いす生活になる。
視力も幼少期から弱く、高校から盲学校にて点字使用。
20歳頃に完全に失明。その後も様々な原因不明の体調不良で、入退院を繰り返すが見事再起。
高校生の頃はドラムに没頭するが、大学入学後、病気の進行により、
全身の痛みと右肩が上がらなくなる等の症状の為、それを断念。
それでも自分を表現出来る数少ない手段である音楽は諦めきれず、
そんな身体的状況でも出来る楽器をと探し求めて、ハーモニカと出会う。
しかし、そのハーモニカも病気の為、変形した手では一般的な奏法は使えず、創意工夫により、
自己流のプレイスタイルを生み出していく。様々なパーカッションもハーモニカ同様、独自の奏法により
プレイ。そのオリジナルでソウルフルなサウンドは必聴。
目が見えない状態で生活するという事は大変不便です。
でも、その中でも何か出来る事、そして自分のしたい事を少しずつ形にしていく事で、
色んな経験をする事が出来る。ずっと続けてきた音楽を通じてたくさんの方と会うことが出来た。
演奏や話をきいて何か感じてもらえたら嬉しいです。
1975年京都生まれ。
2歳の頃、やたらと手足を痛がる事から病気が発覚。色んな病名をつけ
られるが未だに原因不明。徐々に歩けなくなり、小学生の頃から車いす生活になる。
視力も幼少期から弱く、高校から盲学校にて点字使用。
20歳頃に完全に失明。その後も様々な原因不明の体調不良で、入退院を繰り返すが見事再起。
高校生の頃はドラムに没頭するが、大学入学後、病気の進行により、
全身の痛みと右肩が上がらなくなる等の症状の為、それを断念。
それでも自分を表現出来る数少ない手段である音楽は諦めきれず、
そんな身体的状況でも出来る楽器をと探し求めて、ハーモニカと出会う。
しかし、そのハーモニカも病気の為、変形した手では一般的な奏法は使えず、創意工夫により、
自己流のプレイスタイルを生み出していく。様々なパーカッションもハーモニカ同様、独自の奏法により
プレイ。そのオリジナルでソウルフルなサウンドは必聴。
目が見えない状態で生活するという事は大変不便です。
でも、その中でも何か出来る事、そして自分のしたい事を少しずつ形にしていく事で、
色んな経験をする事が出来る。ずっと続けてきた音楽を通じてたくさんの方と会うことが出来た。
演奏や話をきいて何か感じてもらえたら嬉しいです。